会社や大学、研究機関で職務中に成された発見は一体誰のものだろうか?当然、発明した本人の才能はあろうが、会社のお金で発明できる環境や設備を作り、給料を支払ってきた事実も無視はできない。昨年、閣議決定された「知的財産政策に関する基本方針」では、「職務発明制度の抜本的な見直し」が盛り込まれ、特許法第35条の「職務発明」規定改正の議論が行われてきた。職務発明の対価については、2001年に、中村修二カリフォルニア大学教授が、かつての職場であった日亜化学工業に対して職務発明の対価を請求し、東京地裁が200億円の判決を下したことから(後に、東京高裁では8億4000万円で和解が成立)、大きく注目をされるようになった。

 特許法では、特許は発明した個人に帰属するのが原則である。会社などの仕事の一環として発明が成された場合でも原則は同じであり、会社は通常実施権を与えられる。そして、特許法では、企業がその特許を承継することを認め、個人は「相当の対価」を受けられるとしている。そこで、多くの企業では、就業規則で、「職務上の発明は企業のものとし、一定額の報奨金を支払う」という規定を置いている。これらの会社では、特許出願1件につき3万円とか5万円という規定で、会社に特許が承継されてきた。大学においても、特許出願は大学の費用と名前で行われ、特許権は大学が保有するのが普通だ。中村裁判後の特許法改正で、「相当の対価」の算定方法は企業と従業員の間の自主的な取り決めに委ねることになった。その結果、会社によっては発明後一定期間のその発明に関わる売り上げや収益を基準に相当の対価を算定するという規定を持つ会社もでてきた。職務発明見直しを議論する有識者会議では、特許自体を会社に帰属させることにした上で、個人が報奨金を受け取ることを認め、中小企業の場合には個人が特許権を取得することも認める方向で議論がなされている。

 特許権の帰属を、個人とするか会社とするか以上に、難しい問題は、一つの特許が生み出される過程での会社と個人の貢献度をどのように評価するか、またその特許の価値を何によってどのように評価するか、である。

 会社と個人の貢献度は、同じ会社の同じような研究であっても個々の事情で大きく異なる。その発明のお蔭で、会社が毎年純益1,000億円を上げても、発明者の報奨金は特許出願1件当たり5万円というのは適切な貢献度の評価とは言えないであろう。一方で、特許に繋がる発明のために何十年間も研究開発費を投じ、人材を投入してきた企業の期待も考える必要がある。会社での研究では研究を支えるためにいろいろなスタッフがいろいろなサービスを研究者に提供している。また、研究も社外の研究も含めて何人もに引き継がれ、実際の実験を担当した若手研究者のハードワークによって結実することもある。

 例えば、青色発光ダイオードの場合、研究のルーツは米軍の研究に端を発し、中村修二教授と共にノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇教授や天野浩教授他、多くの研究者によって積み上げられた研究の上に技術が存在している。こういう場合に、一人の発明者の貢献を算定することは難しい。京都大学の山中伸弥教授のように自らマラソンを走って研究資金集めをした結果の特許と、大学予算による研究の中で取得した特許では研究者の貢献度は全く異なる。

 発明の価値を、発明による収益によって考えるにしても、一つのスマートフォンの中に千数百件もの特許が介在しており、それらが相互に組み合わさって、スマートフォンができている場合に、個々の特許の売上げへの貢献を評価するのは容易なことではない。基礎技術と応用技術では特許と言っても意味合いは全く異なってくる。一つの画期的な発明がそのまま、商品となり、収益となるわけではない。一つの基本特許を支えるためには周辺に多数の関連特許が存在することもある。基本特許をA社が持っていて、周辺特許をB社、C社、D 社が持っていて、それらがすべて揃っていなければ製品化できない場合に、それぞれの特許の価値をどう考えればよいであろうか。また発明がそのまま商品に繋がるとは限らない。商品を設計・製造し、しっかりしたマーケティングによって市場で販売して初めて利益に繋がる。一つの商品を生み出す陰で様々な理由でそこまで行き着かなかったいくつもの発明がある。発明がものになるのは総合力の結果だ。

 発明者に適切に報いる仕組みがなければ、良い発明は生まれない。研究者の流動性も高まっているので、会社が研究者を冷遇すれば、研究者は別の会社に移っていく。研究者も会社の研究への投資、貢献を理解すべきだ。会社が発明の価値をしっかり評価し、研究者と会社の貢献を明確にし、説得力のある「相当の対価」を研究者に対して提示することが求められている。法律の規定で何もかも決めるのではなく、状況に応じて柔軟かつ公平な取り決めができるようにすることが、発明の促進と社会への還元のために大事である。

 


 

profile_photo  阿達雅志(あだち・まさし)
1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。 ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中。