最近、日本でも特許訴訟が増えてきた。しかし、米国では年間約6,000件、中国が約9,000件、EUで約3,000件の特許訴訟があるのに対して日本では300件にも満たない。中国で特許訴訟が多いのは、膨大な数の特許が成立し転々流通していることと、模倣品の横行という特殊事情による。中国は特許制度、訴訟制度そのものが法的安定性を欠いている部分もあるため、訴訟件数が多くてもあまり参考にならない。日本企業にとって最先端の特許訴訟の状況として参考となるのは米国である。特に、米国は先端技術の市場として大きい上に、事前証拠開示手続(ディスカバリー)によって双方が持っている情報が徹底的に俎上に乗るため、世界の特許訴訟が米国に集中している。米国特許訴訟の動向は日本企業にも大きく影響する。

 典型的な特許訴訟では、ある技術に関して特許を持っている企業が、他社の製品がその特許技術を侵害しているとして、損害賠償と将来の侵害差止を求めて起こす。訴えられた側は、自社の製品は特許を侵害していない、あるいはそもそも特許が有効に成立していないとして反論する。ビジネスの国際化が進み、日本に輸出された外国製品が日本の特許を侵害しているという紛争も起きるが、この場合、特許侵害品の輸入差止を税関長に求めるという方法もある。特許侵害が認定された場合、侵害している製品の製造・販売会社は、ライセンス料を払って特許を使わせてもらうか、その製品の製造・販売を諦めるしかない。こうした特許訴訟の制度は、世界中の国々に存在している。特許は各国毎に成立するので、同じ当事者が同じ技術と製品を巡って、世界中で特許訴訟を起こすこともある。

 米国の歴代政権は知的財産戦略の一環としてプロ・パテント政策を採用し、裁判所もそれを確認してきた。ところが、パテントが一人歩きし、パテント・トロールと呼ばれる人々が、眠っていたパテントを買い集め、製造メーカーや販売店を片っ端から訴えるようになった。膨大な訴訟費用を回避するために、製造メーカーや販売店は和解に走りがちだが、パテント・トロールはそこで得た資金を使ってさらに訴訟を起こす。パテント・トロールに苦しめられた経済界は連邦議会を動かし、特許法を改正し、パテント・トロールが安易に多数の被告を訴えられないようにした。連邦最高裁もついに方向転換を図り始めた。今年、米国連邦最高裁は6件の特許訴訟について判断を下したが、これは最高裁が年間で判断する訴訟の約1割に当たり、極めて異例な事態であった。しかも、これらの判決は特許訴訟の敗者に相手方の弁護士費用の負担を命じるもの、特許の範囲を限定しようとするものなど、特許権の申立てを牽制する方向のものであった。もちろん、米国において知的財産権の保護が軽視されるようになったわけではないが、権利の濫用に対しては厳しい見方も出始めたということである。

 かつて、特許訴訟では、本来、特許をライセンスしていれば得られるはずのライセンス料収入を求めて提起される場合が多かった。訴訟は発明者と製造メーカーの間で起きていた。その後、パテント・トロール、Non-Performing Entityと言われる原告が登場し、NPE対製造メーカーの訴訟が増えたが、最近は、重要な特許技術による訴訟は一巡しており、訴訟件数は増えても彼らによる訴訟は賠償金額も勝率も落ち始めている。NPEの問題は既にピークを越した。それに代わって、サムソン対アップルの訴訟のように、競合メーカー同士がマーケットシェアを巡って争う事案が増えている。その結果、ライセンス料収入を巡る争いではなく市場売上げを巡る争いになっており、訴訟における賠償請求額も二桁は大きくなっている。市場を巡る争いであるため、世界中の主要な市場で同じような訴訟が提起される。こうした訴訟では、和解する場合であっても、単なるライセンスではなく、競合相手間でのクロス・ライセンスの条件交渉がなされる事案が増えている。これらの競合会社は相手との戦いを有利に進めるために、相手を攻撃するための特許を買い集めることさえある。単に、個別の技術で特許侵害があったかどうかではなくお互いが持っている全ての特許を駆使して相手方製品を駆逐しようとする。競合会社間の特許訴訟では新たなパターンとして、標準必須特許におけるライセンス料が妥当かどうかが争いとなっている。標準必須特許とは、標準規格に準拠した製品の製造やサービスのために不可欠な特許で、特許権者が高額なライセンス料を請求すると製品の競争力が著しく損なわれる。そこで、標準必須特許に関しては、ライセンス提供は、公平(Fair)かつ合理的(Reasonable)、かつ(And)、非差別的(Non-Discriminatory)になされる必要がある。標準必須特許に関わる訴訟では、侵害の有無ではなく、FRANの拒絶の有無が争点となる。

 サムソン対アップルの訴訟では世界中で訴訟が提起されたが、あまりにも訴訟費用が嵩むようになったことから、米国以外での訴訟を取り下げ、他国については米国特許の帰趨に従うという和解を行った。米国の訴訟制度では、事前証拠開示手続き(ディスカバリー)という徹底した当事者による関連情報の交換がなされることから、米国での訴訟結果に判断を委ねようということだ。そもそも最大の市場である米国で訴訟が提起されることが多かったが、米国の訴訟手続きを利用するために一層、米国への訴訟の集中が生じている。

 米国市場を目指す日本企業が米国で特許訴訟に巻き込まれることも増えている。相手は米国の企業や個人発明家だけではない。同じく米国市場を狙い米国企業から特許を買った韓国企業が米国の裁判所に日本企業を訴えることもある。市場争奪戦としての特許訴訟を理解し、勝ち抜くための特許戦略を持っていなければ、これからの国際競争には勝てない。

 


 

profile_photo  阿達雅志(あだち・まさし)
1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。 ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中。