─誰からもよく訊かれると思うのですけれども、名ピアニストの評伝を読むと、三 つくらいからピアノを始めて、五つや六つでリサイタルをした神童の話がでてきま す。山田さんの場合はいつ頃からピアノを始められたのですか?
六歳です。
─それはものすごく早いとは言えないけれども、遅くもないですね。
私は遅かったかなと思っています。
─プロになった人にしては、ということですか?
クラシックの音大を目指していた同世代の中では遅かったと思います。全国のコンクールに入賞するような子は2~3歳からやっていたかなと思います。
─国立音楽大学のピアノ科に推薦で入るにはそれなりの実績がないといけなかった のですか?
そうですね。実績はありませんでした。高校の音楽科に入ってレベルの高さに驚きました。その中で二人だけが推薦入試の資格をもらえるのです。芸大をはじめ他の大学希望の方もいましたが推薦で入るというのは、実技と面接のみの試験なので、希望者は多く、高校三年間は必死で練習したいました。
─色々賞を取っておられるようですけれども、大学に入ってからですか?
はい、大学に入ってからです。
─その頃は当然クラシックをやろうと?
はい、クラシックのみです。
─国立音楽大学のホームページを見たのですけれども、一応ジャズ専修というのも あるのですよね?
最近ですね。私の頃はありませんでした。
─それは最近できたのですか。日本の音大はほとんどクラシック中心に出来ている と言ってもいいくらいだと思うのですが、そのジャズを全く意識しなかった山田さ んが、どういう経緯でジャズに向かわれたのですか?
確か大学二年生の時にお友達に連れて行ってもらった青山のブルーノートでライブを見た事がきっかけです。
─どなたの演奏か覚えていらっしゃいますか?
チック・コリアのアコースティック・トリオです。チック・コリア(piano)とベニー・カリュータ(drums)、ジョン・パティトゥッチ(bass)です。とにかくカッコよくて楽しそうで。その時は私にも出来るのではないかと思い込んでしまって。
─在学中のことなのですね。
そうです。
─ジャズの勉強というのは、クラシックと違うといいますか、インプロバイゼーシ ョン(即興演奏)が必要なので、アメリカに行く前はどこで習ったのですか?
渡米前は独学でした。子どもの時に入っていた合唱団がちょっと変わっていて、ディープパープルや、ボンジョヴィ、スティービーワンダー、ビートルズという様な曲を取り上げて、ジャズで使うようなリードシート(コードとメロディー7のみの楽譜)で伴奏を自分でつけていました。なので、コードを読むのは子供の頃から自然とやっていました。
─抵抗はなかった?
はい、ありませんでした。
─クラシックからジャズに行った人の話では、やはり即興演奏が最初は出来ないと 聞いたことがあるのですが、そういう苦労はなかったのですか?
いまだにありますよ。どの分野でも同じだと思いますがやればやるほど、納得のいく演奏というのは遠のいていきますよね。なので勉強する前の方が、出来るかなと思ってしまったっという感じでしょうか(笑)
─でもやはり本場のジャズに触れたくてバークリー音楽大学に行かれたのですか?
四年生を卒業するまで悩んでいましたけれど。国立音大の大学院やドイツの音大を受ける準備はしていました。ジャズを勉強しにアメリカに渡るというのは、私の先生が大反対でした。そんな水商売みたいなことはやめなさい、あなたには無理よ、って。大変私を心配してくださってのことでしたが(笑)
─クラシックの先生が、ですね?
そうです。国立音大の(当時は助教授をされていました)先生に十五歳からずっとお世話になっていました。
─それでは、初めからアメリカというわけではなかったのですね。
はい、なかったです。
─それは普通のジャズの人とはちょっと違うかな。
普通がどうとかは分かりませんが、私はジャズよりもピアノが好きなのだと思います。ピアノで自分を表現するにあたって、ジャズというジャンルが一番適しているかなという風に今は特に思います。
─バークリー音楽大学っていうのは日本人もたくさん留学しているし、ピアノ部門 にもそうそうたる人達が卒業しているのですね。日本人だと有名な小曽根真さんが いるし、サイラス・チェスナット、ブルース・ホーンズビー、ボブ・ジェームス、 ダニーロ・ペレス等々、いろいろな名前がどんどん出て来ます。
はい、たくさんの素晴らしいミュージシャンが留学しています。バークリーの教室でセッションをしていたら、ダニーロが入って来て真横に座って演奏を聴いてくれていた事も。ボストンではスゴイ人達が身近にたくさんいました。
─やはり全然違いましたか? 日本での教育と。
はい、全然違いました。
─どこが決定的に違いますか? やはりジャズの名門だとどこが違うのですか?
ジャズというより、アメリカが違いました。授業一つとっても自分で前に出て行かないと誰も拾ってくれないので。まず机が並んでいないので、自分で椅子と机を持って先生の一番そばを取るとか、疑問があったら直接先生に話しかける、など、手を挙げて指されるまで発言できない日本の授業とはだいぶ違いました。自分から発信するというのが、ジャズの即興演奏に繋がってくるように思います。
─やはり日本人は慎み深くて、あまり前に出るのはなかなか最初はしないのでしょ うね。
そうですね。ちょっと余談ですけど、留学して間もなくの頃、トイレに行きたかったので『ちょっとお手洗いに行っていいですか?』と勇気を出して聞いたのですが、『意味が分からない!ここは幼稚園じゃないよ!』って、笑われたことがありました。とにかく勝手に出て行くし勝手に入って来るし、先生も生徒も自由で、というのがアメリカで生まれた音楽の性格とつながっているように思います。
─ジャズのミュージシャンの中で、特にお好きな方がいらっしゃるのでしょう?
一人と言われるとキース・ジャレットって答えていますが、もう限りなくいろんな素晴らしい人がいるので挙げたらきりがないです。
─あえて二、三人に絞ったら、キース以外で誰が好きですか? ハービー・ハンコ ックとか。
ハービー・ハンコックはもちろん好きです。ジャズピアニストなら誰もが好きだと思いますが。あとはビル・エヴァンスや、オスカー・ピーターソン、最近の人ではブラッド・メルドーとか……、あげていくときりがないです。あとはアメリカだけでなくヨーロッパのミュージシャンもいますし……。
─そうですね。アメリカでそういう教育に慣れて来て、卒業されてからも何年かあ ちらで活動しておられたのですよね?それから日本に帰って来られると、今度は逆 のカルチャーショックを感じたことはありますか?
ありました。
─どういうことですか? よく言われるようにアメリカでは実力社会だから、ピア ノの腕さえあればどこでも活躍出来たのだけれどもというような感じでしょうか。
それとも違うような気がします。アメリカで活躍することの方が容易ではないように思います。渡米した時とは逆のカルチャーショックを音楽面に限らずいろいろな部分で感じましたね。
─クラシックの先生は、山田さんがジャズ・ピアニストになったのはどう思われて いますか?
初めは大反対でした。そういう世界でやっていくのは難しいからよく考えなさいって、クラシックの大学院に進むことを薦めてくれていましたけど、私の方がそれでも、と決めてしまいました。最終的には行く前日まで何度もご連絡をいただいて、心配してくださいました。帰国してからは毎年一回のクラシック・コンサートにて演奏させて頂いていました。いつもとても喜んで下さって。ショパンのバラード1番を演奏した時には、『全くショパンじゃないけれど、とっても良かったわ』って、あなたの曲みたいね、と。
─ずいぶん先生もお変わりになったのでしょうか?例えばキース・ジャレットがバ ッハの平均律クラヴィーアを弾いたCDがありますけれども、あれはクラシックの 先生が聞いたらバッハじゃないという人が多いのではないでしょうか。そういうの を受け入れるクラシックの先生は日本ではあまり多くないのでしょうね。
多くないと思います。
─キース・ジャレットはモーツァルトのピアノ協奏曲もジャズ風のアレンジで弾い ていましたね。ただ素人なりに思うのは、昔のクラシックは、モーツアルトにして もベートーベンにしても、カンデンツァは自分の即興で弾いていたのですよね?
そうですね、昔の人たちはすごいと思います。
─それがいつのまにか例えばベートーベンが作ったカンデンツァがスタンダードに なってしまって、現代のピアニストがそれを弾いているという風になっています。 あの時代には、音楽に即興の要素があったはずなのに。
そうですね、素晴らしいカデンツァを真似して演奏したいというようなピアニストが増えてきたのかな……。ほとんどなくなってしまったみたいですね。
─ジャズとクラシックっていうのは山田さんのなかではごく自然に繋がっているよ うなのですけれども、多くの人たちはジャズとクラシックが全く違うと思っている ので、そういう質問が来るのではないですか?何度も訊かれたと思うのですが。
いいえ、あまり聞かれていないですね。そこに関しては。
─それは私が尋ねたかったことなのですが、音楽はそんな区分けはなかなか本来出 来ないものなのに、なんでそんなに区分けにこだわるのでしょうか。昔のクラシッ クはそうではなかった気がするので、あえて聞いてみたかったわけです。ところで、 神田外語大学でしたか、英語で講義されているようですが、もちろん留学経験があ るので、英語力を買われてのご依頼でしょうね?
それほど英語は堪能ではないですよ。
─本当ですか?いままでに出されたアルバムが三つありますが、タイトルがすべて 英語になっています(Deep Blue,My Story,The Flow of Time)。何か意味があ るのですか?
自分が日本人のせいかと思いますが、日本語にするとものすごくイメージが直接的になってしまう気がして、英語の方が大雑把に捉えていただけるかなと。例えば『雪』と書くよりも、『snow』と書いた方が、色々なイメージが膨らみやすいかなという勝手な思い込みです。
─言葉というのは非常に重要な要素で、英語で書くことによって英米人のような思 考になってしまうときがあるのではないでしょうか。英語でしゃべる、あるいは英 語で論文を書くっていうことになると、日本語とは違うものになってしまうという ようなことはないのですか? つまり自分の音楽を表現しようとする時に、どうし ても英語でないと表現しにくいものなのか、それとも日本語でも表現できるものを 敢えて自分に合った形で英語で書いているのか。その辺が私はよくわからなかった ので、こういう質問になりました。例えば、日本語だったらどういう曲になったの だろうかと。つまり日本語でタイトルをつけて作曲したとしたら、多分違う感じの 曲にならなかったかな?というのが私の疑問なのです。
確かにそういうこともあるかも知れないですね。ただ私の場合は曲がまず先に出来るので曲を聴いてからタイトルをつけると英語になってしまう様な気がします。日本の音階で曲を作ったら、日本語のタイトルしか浮かばないと思います。
─普通みんなそのような感じの作曲の仕方ですか?
人それぞれ全く違うと思いますが私の場合、作曲はそれほど大変なことではないので。
─多分クラシックのようにフルスコアがあるわけではない?
編成によりますね。基本的にはメロディーとコードが分かれば演奏できますが、ビッグバンドや大編成のものはスコアを書く必要があります。
─即興が入った曲がたくさんあるというのとも違うのですか。
即興の部分を作らなくてよいというのは、クラシックのフルスコアを書くよりは楽ですね。いつか日本語の題材を先に設けて曲を書いたら変わったものが書けるような気がします。
─私はそういう曲もぜひ聴いてみたいと思います。三枚アルバムがあって、ご自身 の代表的な曲がタイトルになっている。最初からこういうコンセプトで作ろうとか、 そういうのはあるのですか?
ないわけではないのですが、まずは自分の曲を残しておきたいという想いが大きいです。そろそろ曲も増えてきたし、録りたいなって。それから編成や構成のイメージを膨らませていきます。
─ライブ・スケジュールを見ると、トリオだったり、デュオだったり、ソロだった りとか、色々な形があるようですが、それぞれについて演奏の仕方といいますか、 演奏に対する姿勢は微妙に違うのでしょうか?
全然違います。
─ソロの時はどういう感じなのですか?
とりあえず何の準備もなく行きます。
─キース・ジャレットのように完全に即興でやったりとかはしない?
そういう時間もありますが、やる場所にもよりますね。一時間弾き続けたらちょっと迷惑かなって思う場所の時は、スタンダードを混ぜてみたり様子を見て完全な即興演奏に変えたりしています。ライブでのソロは自由にできます。
─ご自身のリーダーライフでいつも一緒に演奏しておられる三人の時は、それなり に気心の知れたメンバーでもあるし、演奏スタイルも確立しているという感じなの でしょうか?ジャズだからその日によっても違うとは思うのですけれども
気心は知れていますが、いつも同じで変化が無いとつまらないって思われてしまいますよね。何かしら進化し続けていないと。
─フルートが入ったり、トランペットが入ったりすると、やはりその日に演奏する 人にもよると思うのですけれども、弾き方はやはり変わりますか。
はい、変わります。
─トランペットの入った三枚目のアルバムがすごく素敵です。
そうですか、ありがとうございます。
─特にIndigo Blueですね。
最後の曲ですね。
─そういうのは前の二枚にはなかったような気もしますが。
類家心平さんとはデュオをたくさんやらせて頂いていたので、いつか録りたいなと思っていました。どうせお願いするなら、と数曲参加してもらいました。
─デュオは、最近ジャズ・ヴァイオリニストのmaikoさんとの共演が多いですね。 お二人は相性がよいのですか?
いいですよ。演奏も演奏以外の面でも彼女から学ぶことはたくさんあります。
─山田さんはどなたかに「千手観音」といわれているようですがmaikoさんは「柔 よく剛を制す」タイプのヴァイオリンのように思えます。お二人の相性がよいとい うのは興味深いですね。
そうですね。いろいろな表現で例えて頂けるのは逆に興味深いです。
─そういうのは何でも柔軟に対応できる山田さんがいるからではないかと思ってい たんですのけれども、そうではないのですか?
誰とでも相性よくできたら良いのかもしれませんが、まだまだです。
─これからのライブ・スケジュールを見ていると、北欧のジャズ・ミュージシャン との共演が予定されていますが、北欧とはフィンランドのことでしたか?
スウェーデンとかノルウェー……他にも。今回は今ベルリン在住の北欧出身のミュージシャン達を無理矢理北欧枠に入れました。
─そういう方々とは、どういう経緯で一緒にライブをすることになったのですか?
友人のドラマーがスウェーデンに留学したのを機に訪ねて行ったのがきっかけです。彼の留学の際にはスウェーデンの大学に提出する録音を一緒にレコーディングしたりもしました。それがトップの成績で入学出来たという事もありました。彼がいるうちに一度行こうと決めていたので昨年北欧4か国を周って、色々なコネクション作りや毎日演奏を聴いたりセッションに行ったりしてきました。
─ヨーロッパも広いですけど、北欧のジャズの特徴とはどんなものなのですか?ヨ ーロッパのジャズは、クラシック好きならすぐ入っていけるようなオランダのヨー ロピアン・ジャズ・トリオくらいしか知らないので、北欧のジャズはどんな感じな のか、関心があります。
私が感じたのは、ちょっと専門的になりますが、大雑把に例えるというのはいわゆるアメリカのジャズは4beat、四拍子がすごく見える、リズムがグルーブしているスピード感があって格好いいという感じかな。北欧のジャズはよりふわっと聴こえてクラシックの演奏を聴いているような。ハーモニーは複雑ですね、すごく。曲のどこにいるのか一瞬分からなくなるような。
─ヨーロッパは南のほうになりますが、イタリア出身でパリで活躍しているジャズ ・ピアニストのジョヴァンニ・ミラバッシが大好きなのですが。
素晴らしいですよね。
─ジョヴァンニ・ミラバッシさんの音楽性ともちょっと違うのですね?
はい、私が思っているものとは違いますね。
─そういえば、彼はチッコリーニさんに学んだとか聞いたことありました。何度も 恐縮ですが、北欧のジャズの中にあるクラシック的な要素というのが気になります。
クラシックといっても、モーツァルトやベートーベンではなく、スクリャービンとかプロコフィエフのような複雑なハーモニーになってからのものと何か共通するような……。ショパンやラフマニノフにもその要素はありますが、そのようなハーモニーを、ジャズの中に取り入れて、演奏しているようなサウンドです。
─それでは、面白いライブになりそうですね。
はい、とても楽しみです。
─山田さんは千葉のご出身なので、千葉を中心に首都圏でのお仕事が中心なのです ね。
最近は東京が一番多いですね。
─何度か地元で表彰されているようですね。
はい。
─千葉市からの表彰は昨年でしたか?
そうです、千葉市芸術文化奨励賞を頂きました。
─最近千葉日報にも記事が出ていましたが、あれは分野を問わず一般の人にピアノ の愛好家を増やしたいというような見出しがついていましたね。
そうですね。ちゃんと覚えていませんがジャズの愛好家を増やしたいだったかと思います。
─ピアノ教室で長く先生をしておられますが、ただ小学生にジャズを教えるわけに もいかないでしょう?
小学生には教えてないです。クラシックのレッスンしています。
─普通はそういうお仕事をしておられるのですね?
演奏とレッスンが主な仕事です。
─とても器用なのですね。
器用ではないですよ。演奏とレッスンは全く異なるお仕事なので大変な事もありますがいろいろな事がつながり、自分自身を成長させてもらっています。
─「ジャズを教えて」なんていう生徒はいますか?
いますいます。今は中学生がいますね。相当本人がジャズを好きじゃないと難しいので、だましだまし半分クラシックやって、半分ジャズやってという風に。
─教えるのは難しいですよね。でもそれだけ生徒さんがおられるということは、教 えるのが上手いのではないでしょうか。
どうですかね。雑談も多いですよ。中高生なんかはちょうどいい話し相手みたいで、学校の先生や親の文句、進路相談なんかも。もちろんピアノのレッスンはしていますよ(笑)
─もう教え子の中から音大に進学したような例はありませんか?
いますね。ただ、音楽大学に入れるほどは責任を持って教えられないので高校からは別の先生に託したりしています。
─先ほど名前の挙がったキース・ジャレットですが、キースさんは独特なピアノの 弾き方をされますね。
そうですね。
─私はあれを初めてみたときは驚きました。クラシックのピアニストにはあんな弾 き方をする人はいなかったので。いつのまにか中腰になってしまったり、唸り声の ようなものをあげたりと。だからキース・ジャレットに憧れてジャズの世界に入っ たピアニストの話を聞くと、それではキースさんのようになりたいのかな?とすぐ 訊いてしまいます。山田さんは、完全即興はあまりおやりにならないのですか。
完全即興は日頃やっています。イントロを弾くとか、間をつなぐとか。それの時間の長さや完成度がどのくらいか、ということでしょうか。完全即興のみで一時間演奏して飽きさせないというところまでの自信はまだないんですけど、やれと言われたらできます。
─キースさんの有名なケルン・コンサートのときは、おいくつぐらいだったのでしょ うか。割と若い時ですよね。
三十代かな。
─そうですか。でもああいうのは肉体も精神も酷使しますので、キースさんのよう に一時病気になることもあるでしょうね。誰にでも出来るというものではないと思 います。私はそれをちょっと心配したのですが、山田さんはバランス感覚がありそ うですね。
自分ではバランス感覚は無い様に思いますが。演奏の時とそうでないときの精神状態は全く違いますし、バランスは努力して保たないと崩れると思いますね。なので家族と話したり、生徒さんと交流を持つことは自分の人としてのバランスを保つのにいいのかな、と思っています。
─ああ、そういう意味でそういう仕事をしているのですか。
いえ、それでレッスンをしているわけではありませんが、どちらも自分にとって必要かな、と。
─私は最初にスケジュールを見た時は大変だろうなと思っていたのですが、後付け の理由でも、そういうバランスの取り方もあるということですね。それはなかなか いいかもしれないですね。
そうですね、客観的に色々考えたりもできますしね。芸術家としては演奏だけにのめり込んだ方がよいのかもしれませんが。
─大学の先生が研究ばかりしていたら心を病むかもしれないので、教育もやってバ ランスをとっているのと似ていますかね。
大変ですよね。でもやっぱり色々な人と接するっていうのはいいですよね。
─理科系のようにグループで研究するのと違って、文科系の大学教授だと割と一人 で考える時間が多いので、そういうのがずっと続くのは精神上やはり良くないです ね。
そうですね。
─研究と教育というのはバランスが取れていた方がよいので、そういう観点から言 うと、山田さんのお仕事の配分はバランスが取れています。初めて気が付きました。 大変だろうとばかり思っていたので。
実際大変ですけど、良い生徒さんに恵まれていますので両立できているのだと思います。特に大人の生徒さん達には娘のように心配してもらっています。
─いい生徒さんたちですね。
本当にいい方ばかりです。
─これからはどういう風な活動に力を入れるおつもりですか?
とりあえず次の一年は新しいCDを出したいと思っています。ヨーロッパで受けたものを少し形にしたいなと思い、もう少し即興性の高いアルバムを一枚作ろうかなって思っています。
─来年中に発売くらいですか?
そうですね。まだ全然何も決まってませんが。
─タイトルはやはり英語ですか?
全然決まっていないですね。
─たぶん英語ですね。
いや、どうでしょう。スウェーデン語とか、誰も読めないものとかも面白そう。
─近くの大きなライブといいますと10月ですかね。
10月22日です。
─Motion Blue横浜でのライブですね。これは、with stringsとありますけれども、 どういうものなのですか?
昨年の年末に、地元のライブハウスで自分のオリジナルを弦にアレンジしてやってみたんです。半分はシャレというか遊びで実験くらいの気持ちでしたが……。
─すごいですね
素晴らしいメンバーとのライブは満席のお客様から大変好評を頂いたので、最高の場所で再演を、と。
─モーションブルーというのは昨年のアルバム発売記念のライブをしたところです ね? お気に入りなのですか?
はい、とても好きな場所です。年に1〜2回出演しています。
─小さなライブハウスと大きなライブハウスとでは、演奏する時やはり違うもので すか?
違いますね。
─きっと違うだろうと思います。サロンのような場所で弾 く時と、大ホールで弾く時が違うのは当たり前でしょうね。
私は大きい方が好きですね。ただ、年に数回かしかないので。
─ピアニストというと指の動きを見るのが私は好きなのですが、むかし一番驚いた のはホロヴィッツの弾き方で、いまのピアニストは普通ああいう風には弾かないで すよね。指を伸ばしてピアノをなでるように弾いていました。ピアノ教室では、今 はそういう風には教えないでしょう?
ドイツのスタイルで手を丸くとか、卵を持つようにから始まって、関節をしっかりしてしっかり打つっていうのが日本では主流だったんですけど、今はいろいろですね。フランスとかロシア式の演奏はちょっと寝かして、力を抜くような方法も。
─フランスではサンソン・フランソワが手を広げて弾いていましたが、一部には評 判が悪かったと聞いたことがあります。
そうですね。体の構造のような本も少し読みますが、良くはないと思います。伸びて弾いているというのは。ただそれで大丈夫な方もたくさんいますよね。とくに男性は、筋力が女性とは違うので、かなりカバーされると思うんですよね。
─ホロヴィッツは普通の人より指が長すぎますよね。
ピアニストなんでしょうね、生まれつきの。
─山田さんもそういう感じでしょうか。
私も指は長いですね。リストとかも十度が届くので。ドからファぐらいまでとどきますよ。昔コンクールにて、10度を簡単に弾いたところ、審査員の方に幅の広いところの音をずるをしないでちゃんと弾きましょう、のような批評を書かれたことがありましたね。一見背が低かったので手も小さく思われたんでしょうね。
─ピアノは音域が広いですからね。
オーケストラですからね
─指は長い方がいいですよね。
そうですね。
─そういうこともあって私はよくピアニストの手の動き見るのが好きなのですけれ ども、山田さんの場合はそれでよく分かりました。
ピアノを勉強している方が手を見たいというのは理解出来ますが、お客さんでピアノを弾かない方でもがやっぱり手の見える方に座りますよね。
─やはり見ているのでしょうね。どのように指や手、ペダルを動かして音を作るの かに関心があるのだと思います。
見ないで聴いた方が音に集中出来るんじゃないかな?と思ったりするのですが。
─私もたくさんピアニストを見て来ましたが、どういう風に手や指を動かすかとい うのはいまだに関心があります。山田さんのピアノ演奏を最初にみた時は特にジャ ズ特有の弾き方のようには思えなかったのですが、ずっと見ていましたよ(笑)。 ホロヴィッツの場合は特例ですね。
そうですよね。
─そういうのは初めて分かりました。何か宣伝したいことがあれば。
そうですね、近くでは北欧ミュージシャンとのツアーと横浜モーションブルーですかね。
─ジャズ・ピアニストになって良かったですか? クラシックではなくて。
はい。それは良かったと思います。
─やはり何でもやれる楽しさというのがありますかね?
逆に何も出来ないので必至で追いかけるというのが魅力ですね。死ぬまでやってもわからないと思います。
─何か学者のようなことを言われますね。わからないところを一生追求するような 感じでしょうか。
おかげでクラシックの良さももっと見えてきて、さらに好きになっています。
─クラシックのピアニストでちなみに好きな人は誰ですか?
ツィマーマンです。アルゲリッチさんもミシャ・マイスキーとやっていた頃はよく聴いていましたけど
─ツィマーマンがバーンスタインと共演したコンサートは行ったことがあります。
バーンスタインは高校生の頃、ちょうど私が予約をしていた日に、入院されちゃって……。その公演中止になって、そのあと亡くなられてしまいました。一度も生では見られなかったです。
─バーンスタインのようにジャズに理解のあるクラシックの音楽家がもっと多くい ればよいのですが。バーンスタインの卒業論文を読んだとき、現代アメリカの音楽 はクラシックとジャズの融合からから生まれてきたと書いてありました。彼はジャ ズについて講義したりガーシュインを弾いたりしていて、本当に魅力的な音楽家で したね。
長い間どうもありがとうございました。ライブハウスでジャズを弾き、外語大で英語の講義をし、ピアノ教室で教えるという、「千手観音」というよりも「マルチタレント」といったほうがよいのかなと思いました。今後のご活躍を期待しています。
聞き手:根井雅弘