まず最初は天正3年ですね。1575年の6月に御着城で評定、評定というのは会議です。今年のドラマで小寺政職こでら まさもとを片岡鶴太郎さんが演じていまして、「そうよのぉ、どっちがいいかのぉ」なんてふらふらしているような演技をしておりますが、あれはむしろ私なんかがちょっと入れ知恵をして、そのように演技をしてもらっています。

 普通、戦国武将、戦国大名っていうと、何となくグイグイ家臣たちを引っ張ってゆく、例えば信長タイプの「黙って俺について来い」みたいな感じのイメージをお持ちの方が多いと思いますが、あの信長タイプでグイグイ引っ張っていくようなトップはどちらかというと稀なんです。珍しいケース。普通は家老クラスを集めて、色々意見を言わせるのです。もちろん多数決ではありません。

 トップ、殿様が聞いていて、「お、この意見いいな」と思った意見に賛成をして、それで決断を下す、というのが当時一般的でした。この小寺政職もそういうタイプだった。ただこれもよく質問を受けるのですが、鼻の赤いのは本当ですか? という質問、あれは私の責任ではないです。

 鶴太郎さんが楽屋で、ちょっと変わった小寺政職像を出したいな、と思って最初は薄く鼻を赤くしたそうなんです。そうしたら誰も気がつかない。次にちょっと濃く塗ってみたら、「あ、いい、いい」ってみんな馬鹿ウケしたというので、それで赤い鼻になったというだけの話です。私の責任ではないのですけれども。

 とにかくその御着城という、いま姫路城と御着城、どちらも城跡ですけど、姫路城の方は世界文化遺産だし、国宝になっているすごいお城がありまして、こちらの方が出城だとは誰も思わない。御着城が本当は本城で、姫路城はその出城に過ぎなかったのです。その御着城に家老たち、たぶん小寺政職クラスだと10人くらいいたと思います。その10人の家老を集めていろいろ意見を言わせるのですね。

 その天正3年の6月の評定というのは、毛利についた方がいいのか、あるいは織田についた方がいいのか、どちらかに決めようという大事な会議。おそらく年輩の家老たちは毛利の方がいいという主張をしたと思います。この頃まだ若い官兵衛は、「いや、これからは織田信長の時代だ」ということで、少数意見ですけれども、官兵衛は信長の方がこれからは有利だ、信長についた方がいい、という主張をして、それでその小寺政職も「分かった」ということで、その織田方につくことを決めたわけですね。

 


 


owasda_02  小和田哲男(おわだ・てつお)
1944年 静岡市に生まれる 1972年 早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了 現在  静岡大学名誉教授、文学博士専門は日本中世史、特に戦国時代史で、主著『後北条氏研究』『近江浅井氏の研究』のほか、 『小和田哲男著作集』などの研究書の刊行で、戦国時代史研究の第一人者として知られている。 また、NHK総合テレビおよびNHK Eテレの番組などにも出演し、わかりやすい解説には定評がある。 NHK大河ドラマでは、1996年の「秀吉」、2006年の「功名が辻」、2009年の「天地人」、2011年の 「江~姫たちの戦国~」で時代考証をつとめ、2014年の「軍師官兵衛」も担当している。
主な著書
『戦国の群像』(学研新書 2009年)、『歴史ドラマと時代考証』(中経の文庫 2010年)、『お江と戦国武将の妻たち』(角川ソフィア文庫 2010年)、『黒田如水』(ミネルヴァ日本評伝選)(ミネルヴァ書房 2012年)、『戦国の城』(学研M文庫 2013年)、『名軍師ありて、名将あり』(NHK出版 2013年)、『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』(平凡社新書 2013年)、『戦国史を歩んだ道』(ミネルヴァ書房 2014年)