大学教授や研究員が発明した技術は、発明者個人ではなく大学の名前で特許を出願し大学が特許権者となるというルールが一般的である。大学によっては大学の産学連携本部の下に、Technology Licensing Organization (TLO)と呼ばれる別法人を作り、TLOが一括して出願や維持、ライセンスなどの特許管理を行っている。大学は特許の出願や維持のためのコストを負担する一方で、ライセンス収入を得る。一部については発明者に還元されるが、その比率は低い。大学のインフラを用い、大学から給与をもらって行った職務発明であるということだ。著作権についても同じ考え方が取られている。このような考え方は比率の問題を別にすると、欧米の大学、研究機関でも一般的である。
さらに、大学によっては、ビジネス化のためのベンチャー・キャピタルを供給するファンドが大学の参画によって作られ、大学発ベンチャーを支えている。国も、大学に眠っている知的財産の有効活用のために、大学発ベンチャーを支援する様々な仕組みを用意している。予算も、従来の様々な研究開補助金予算に加えて、東大、京大、阪大で1,000億円をベンチャー・キャピタルとして利用できるようにするなど、極めて積極的な政策を取っている。
このように、制度も整備されており、予算もついているにも関わらず、大学発ベンチャーの成功例は限られている。従来、大学は学問研究の場としてビジネスとは一線を画してきた。そのため、文部科学省が従来、国立大学に利用を求めてきた民間企業との共同研究契約の雛形でも、大学は研究成果の事業化を行わない、民間企業が一方的に共同研究の成果である知的財産について排他的、非排他的実施権を選択して取得できるなど、大学側はビジネスを行わない前提となっている。また、大学によっては、研究者が企業の発起人や取締役になることを制限しているところもある。また、研究者の意識としても、ビジネスで成功するよりも、研究予算が認められ、自由に研究を進められることに関心がある。こうした環境では、ミドリムシの利用で有名になった東大のユーグレナのように、研究成果や特許が単体でビジネス化できる場合は良いが、特許ポートフォリオを組み、様々な企業と共同してビッグビジネスに育てるのは難しい。TLOにしても大学の産学連携本部にしても、予算の制約の下で、民間企業と伍して、知的財産契約を交渉したり、ビジネスプランを作成するスタッフを擁するだけの余裕はない。大学が持っている定型的な契約書式や一般企業法務を扱う顧問弁護士で対応できるほどビジネスは甘くはない。投資銀行並みのビジネスプランを作り、いろいろな企業に提携を持ちかけることができるスタッフが国立大学の報酬体系で集まるとは思えない。また、TLOが、ベンチャーを設立し上場させても上場益は大学の産学連携本部に吸い上げられ、TLO自体が多角的な投資をする原資とは出来ない。その場合、TLOは大学の産学連携本部の特許出願、ライセンシングの業務の下請けになってしまっており、TLOが知的財産権のマネージメントにおいて専門性を蓄える機会がない。大学発ベンチャーと言いながら、大学の技術は黙っていても民間企業が買いにくる、何も大学自体が努力する必要はない、という思い込みがある。
結局、殆どの大学では、優れた革新的技術が見つかっても、看板教授を担いで、大きなビジネスを展開するための仕組みを作りきれていない。筑波大学の山海嘉之教授は、サイバーダイン社を設立し介護ロボットで世界の注目を集めているが、筑波大学はTLOがうまく機能しないとして既に潰しており、山海教授の個人的な経営手腕とハードワークの結果である。また、京都大学の山中伸弥教授によるips細胞の研究施設CIRAにしても、山中教授の個人的な経営手腕によるところが多く、スタッフのほとんどが非正規職員であるという組織的な問題を抱えている。かつては大学の研究は基礎研究が多かった面もあるが、最近は基礎研究と応用研究の垣根は低くなっており、特にIT分野などでは、境界は殆どないと言って良い。大学と民間企業の共同研究についても、基礎技術と応用技術がはっきり分けられる技術とそうでない技術によって、実施方法は全く違ってくるはずだが、大学側にはそういう認識は乏しい。
大学、研究機関に革新的技術をビジネス化、産業化するためのスタッフを集める仕組みができなければ、大学発ベンチャーは掛け声倒れとなる。日本人研究者が海外の研究機関で利便性を感じるのは、専門スタッフの層の厚さである。産学連携の歴史の差と言ってしまえばそれまでだが、折角、大学発ベンチャーを促進しようという政策を進めるのであれば、ビジネス界の声を聞いて実効性を高める現実的な仕組みづくりまで踏み込まなければ、税金の無駄遣いにおわってしまう。