環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉が大詰めを迎えているが、交渉国が厳しく対立している交渉テーマのひとつに知的財産権がある。米国は、TPPを21世紀型のハイブリッドな貿易・投資協定と位置づけており、自由な物・サービスの移動のためには、域内で知的財産権が米国と同じように保護されることが不可欠だと主張している。これに対して途上国は、知的財産権の保護強化は途上国の負担を増すと反対している。

 知的財産権、特許権はそれぞれの国の法律で保護が与えられる権利である。各国の特許法の違い、運用の違いによって、同じ技術であっても与えられる権利に差が生じる。類似製品を米国では特許侵害として排除できるのに、ベトナムでは排除できないということが生じる。概して、技術を持つ先進国では技術に与えられる権利が尊重されるが、技術を持たない国では技術に与えられる権利は軽視されがちである。技術を持たない国は、ライセンス料を払って海外からライセンスを受けて技術を導入するため、権利を縮小する方向にいきやすい。権利の軽視は、違法コピーの横行にも繋がる。

 TPP交渉では、知的財産保護の議論は医薬品特許を巡って先鋭化している。米国のTPP交渉官は、医薬品特許とデータ保護の権利を域内で米国同様に強化することを主張している。米国や欧州、日本などの先進国では医薬品特許は、特許出願日から20年間の特許権存続期間を認めるという特許の原則が、いろいろな形で修正されている。医薬品の場合、臨床試験を行い、承認審査を経るという長期間の創薬プロセスによって実質特許有効期間が10年に満たないためだ。医薬品の発明自体が、物質特許、司法特許、用途特許、製剤特許という形で、出願時期の異なる複数の特許で保護される。特許権の存続期間の延長を認める制度もある。また、薬事法などによって、一定期間、先発薬の臨床試験データの保護(非公開)が認められ、ジェネリック薬の承認申請が行えなくなっている。

 一方で途上国のTPP交渉官は、米国の主張は、医薬品の価格を下げるジェネリック薬の普及を妨げ、途上国の人々に医薬品入手の機会を奪うと反対している。これらの国ではどんなに効果があると分かっていても割高な先発薬を購入できる人々は限られている。国境なき医師団などのNGOは米国政府に対し、この条項の取り下げ、他の交渉参加国に対し、この条項を拒否するように働きかけている。ジェネリック薬とは成分特許が切れた薬品を研究開発費や特許料を払わずに公開された特許に記されたものと同じ成分、製法で作る。開発費が殆どかかっていないので、ジェネリック薬は極めて安価で製造できる。米国では、ジェネリック薬が販売され始めると、製薬会社の売上げは瞬く間に数分の一に減少する。製薬会社は特許存続期間が切れるまでに、投資費用を回収しなければならない。

 近年、新薬の開発にはより莫大な時間と費用がかかるようになっている。開発が成功し商品化まで行き着くのはほんの数パーセントに過ぎない。当局から販売の認可を得るために治験を繰り返さなければならず、薬の発見から販売までにかかる年数も10年近くまで伸びている。特に、最近は、一通りの大型薬の開発は終わったため、画期的な薬の開発は一層困難になり、研究開発費用は数千万円以上と巨額化している。製薬会社が頑張らないと技術は進歩しないが、ジェネリック薬の普及を進めないと薬価は下がらない。薬価は健康保険制度にも影響する。ジェネリック薬を売っている企業の多くも実際は欧米企業である。米国においては、製薬会社とジェネリック会社の間の利害をどこでバランスをとるか、医薬品特許の侵害を巡って幾多の判決が出され、最も法律が変化している分野となっている。製薬会社の医薬品特許を厳しく制限すると、研究開発の意欲が削がれかねず、医療の発展が妨げられる。一方で、医薬品特許を認めすぎると、ジェネリック薬の普及が遅れ社会的に大きな損失となる。先進国における新薬開発とジェネリック薬普及の微妙なバランスをそのまま途上国に拡げるのか、新たなバランス作りを考えるのかがTPP交渉の核心である。

 そもそも特許という制度は、科学技術の発展によって社会が発展し、国民の生活を豊かにするために、優れた研究開発の内容を公開させ広く社会に還元させようというものである。そして、研究開発に努力した報酬として、その技術を一定期間独占し、利益を得ることを認めている。米国では、特許は連邦憲法に根拠を持つ資本主義の中核を担う制度である。ジェネリック薬を巡る米国と途上国の対立は、国を跨いで特許制度の根幹、ひいては資本主義そのものが問われていると言える。

 これから、知的財産を通して世界と日本を見ていきたい。

 


 

profile_photo  阿達雅志(あだち・まさし)
1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。 ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中。