個人あるいは企業が研究開発の結果、新たな技術を見つけ特許を取得したとしても、それをビジネスに繫げるためには、様々なリソースが必要となる。発明がアイデア商品のようなものであれば別だが、iPS細胞、LED、医薬品、電機品などでは実用化までには実験を繰り返し、安定した性能と採算性が確保できて初めてビジネスとして検討されることになる。この最も初期の段階では、果たして技術がモノになるかどうか、どの程度の費用と時間で実現するかが分かっておらずリスクが大きすぎるため、なかなか資金の提供者は見つからない。

 発明者個人の自己資金だけではすぐに無くなってしまう。新技術を用いてベンチャー企業を立ち上げても、このアーリー・ステージでは金融機関もなかなか融資してくれず、ベンチャー・ファンドも出資にはなかなか踏み切らない。欧米ではエンジェル投資家という、引退した投資家や経営者が経済的合理性を越えてビジネスのスタート・アップを応援することも行われるようになっているが、日本にはエンジェル投資家は殆どいない。政府系金融機関によるベンチャー支援制度はあっても、アーリー・ステージでは融資額の3分の1は自己資本を出資することが求められるなど、様々な制約がある。

 大学発ベンチャーと言っても、基礎的な研究開発は大学の研究費で賄えても、ビジネス段階に移行するためのアーリー・ステージの資金提供には厳しい。大学で研究開発された全ての技術がビジネス化する訳ではなく、大学の産学連携本部がビジネスの目利きを専門としない以上、限られた資金をどう配分するか、一律の基準で対応せざるを得ない。iPS細胞を発見した京都大学の山中伸弥教授が自らマラソンを走って資金を集めたのは、このためである。この段階で、民間企業から研究資金を受け、共同研究開発を行う場合もある。しかし、共同研究の過程で取得された知的財産は共有となる上に、民間企業がどこまでビジネスにコミットするか、その企業が本当にビジネス・パートナーとして最適かは別問題である。

  技術をビジネスに結びつけるのに必要なのは資金だけではない。どのようなビジネス・モデルで収益を上げるのかによっても大きく異なるが、ビジネスにするということは企業を経営するということである。人材、知的財産管理、法務、法規制、倫理、PR、マーケティング、材料調達、競争関係などの問題に対応し処理するCEOが必要となる。まず、段階段階における必要な人材を確保できていることは欠かせない。トヨタやソニーが大きくなったのは、エンジニアだけではなくマーケティングの専門家がいたことが大きい。たとえベンチャーであっても、会計、人事、法務などの専門職とともに経営陣の役割を果たす人材が欠かせない。技術ベンチャーであれば、知的財産をどのように管理していくかはビジネスの根幹に関わる。ベンチャーのビジネスの基本となる特許がぐらつくようなことがあっては誰もその会社に投資しないであろう。さまざまな契約関係が適切に結ばれることも大事である。大企業はベンチャーとの契約において一方的な契約条件を押し付けがちである。ベンチャーが後々大きくなる上では障害となりかねない。

 新しい分野では当局の規制との関係も大事になる。燃料電池車を走らせようにも道路交通法や各種安全基準などの規制をクリアすることが必要である。規制が厳しいのであれば、規制改革を働きかけることも必要となる。先端技術であればあるほど、規制対応は重要となる。また、医療関係の場合には、倫理問題も考慮することが必要である。技術が発見されたから直ちに人間の身体に適用して良いかどうか、人間が神の領域を侵すようなことにならないか、常に考えて行かなければならない。技術を世間に知ってもらい、マーケティングを行うこともビジネスとして不可欠である。材料を安価で安定的に調達できるかも大事である。どんな優れた技術であっても、材料がなかなか手に入らないのであればビジネスには向かない。全てのコストを積み上げて、将来的には利益が出るようでなければ商品にはならない。

 また、代替技術や類似技術などとの競争関係も良く見ておかなければいけない。常に競争相手よりも優位に立てるようなマーケティングや技術革新も必要となる。こうしたさまざまな要素をベンチャーが揃えることは極めて難しい上に、これらの要素をまとめあげるCEOはそうは見つからない。日本に比較すると米国ではCEOや必要なスタッフを揃えることは遥かに容易である。エンジェル投資家の有無とともに、日本と米国でベンチャーの成功率が大きく異なる理由の一つである。

 


 

profile_photo  阿達雅志(あだち・まさし)
1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。 ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中