小学校へ上がる前、神奈川県二宮という町の畑のなかの古い一軒家に、1年ほど住んだ。歩いて国道へ出るその途中に東海道線をまたぐ小さな陸橋があって、外出するときは必ず渡った。幼稚園からの行き帰り、私はいつもしばらくここで立ち止まり、列車が通過するのを待った。
陸橋の上からは、さまざまな列車や電車が見えた。流線型の電気機関車EF58が牽引し展望車を連結したうす緑色の特急「つばめ」と「はと」。博多行き寝台特急「あさかぜ」。はっきりした記憶がないが、当初はまだブルートレインでなかったようだ。上下をオレンジとグリーンに塗り分け先頭車両が流線型をした80系の湘南電車。EH10という大型の電気機関車が引っ張る長い貨物列車。
陸橋の前後は長い直線になっていて、「ピーッ」と汽笛を鳴らしながら姿を現すや、列車はずんずんこちらへ近づき、あっという間に足下へ入る。機関車に向かって手を振る私に向かって、運転士のなかには手を振りかえし、あるいは汽笛を鳴らしてくれる人がいた。そんなときは一日嬉しかった。
最後尾の車両が陸橋の下に入って姿を消すのを見届けて反対側へ移り、走り去る列車を見送る。特急のシンボルマークが小さくなりながら視界を離れ、やがて見えない。列車の音がかすかになり、辺りにまた静寂が戻る。
幼い頃の時間はゆっくりと流れる。国道のわき、魚屋さんの前の停留所で神奈川中央交通のバスに乗り大磯の幼稚園へ通う、その行き帰り、電車や列車を眺める日課は、永遠に続くかのようだった。