知的財産には、特許だけではなく営業秘密、製造ノウハウ、著作権、商標、デザインなどいろいろなものが含まれる。日本の知的財産基本法では、「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発明又は解明がなされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう、とされている。

 そして、「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に関わる権利をいう、とされる。

 国際連合の知的財産権の保護を促進するための専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)では、「知的所有権」とは、
文芸,美術及び学術の著作物,
実演家の実演,レコード及び放送,
人間の活動のすべての分野における発明,
科学的発見,
意匠,
商標,サービス・マーク及び商号その他の商業上の表示,
不正競争に対する保護,
に関する権利並びに産業,学術,文芸又は美術の分野における知的活動から生ずる他のすべての権利をいう、と若干広く定義されている。

 各国がそれぞれ知的財産権、知的所有権あるいは個別の権利について定義を行い、運用を行っているが、当然、そこには違いが出てくる。

 例えば、特許の対象となる発明について、日本では、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」とされているが、米国では法律の文言としての定義はなく、判例法において、特許を受けることができる発明として、方法、機会、製品、組成物の4カテゴリーが定められており、自然法則そのもの、物理的現象、抽象的アイデアは保護対象からは除外され、また特許保護を求める対象には有用性が求められている。ブラジル・アマゾンの奥地で発見された薬効のある新種の植物は、上記の定義を当てはめると、日本ではそのままでは特許とは認められないであろうが、米国では特許となりうる。

 もっとも、米国企業がアマゾンから持ち帰った植物の苗に米国特許が認められ、ブラジルは将来、米国にその苗あるいは苗から取り出したエキスを輸出できない、というのはどうも不公平に思える。

 ある特定の人間や動植物の遺伝子の配列が特許になるかどうかも議論が分かれるところだ。その遺伝子配列によって病気の治療や予防が可能になるかも知れないが、配列そのものが特許の対象とするのがよいのかどうか。ソフトウェアのプログラムが著作物にあたることは間違いないが、発明と言えるかどうかの判断は難しい。ハードウェアも含めたシステムを一つのプロダクトと見るのか、ソフトウェアのダイアグラムをビジネス・モデルと考えるのか、各国の特許の定義次第である。

 ビジネス・モデルについては、かつてアマゾンがパソコン上で一回クリックするだけで過去の決済情報をもとに決済が可能であるという仕組みが特許になるか否かで訴訟になった。アマゾンの1クリックは日本でも特許が認められたが、ちょっとしたビジネス上のアイデアが全て特許というのは行き過ぎであろう。つまり、知的財産権といっても国によって、どのような法律的権利によって保護を求めるべきか に違いがあるのが現実だ。こうした違いは、ソフトウェア、ビジネス・モデル、動植物に関する発明で顕著である。各国の知的財産権に関わる法律に則って、発明、発見をどのような権利として守るかを考えて行く必要がある。

 ある発明で特許を取れば、他人に真似されない権利を得るが、発明の詳細は公開される。いずれ特許期間が切れると、ジェネリック薬品のように一斉に類似品が出回ることになる。そこで特許を取らず、営業秘密としてブラックボックスを守り続けるという考え方もある。

 コカコーラは、その成分、製法について特許を出願せず、未だに誰もその味を再現できずにいる。製造現場が経験から生み出したノウハウは特許となっていなくとも製品の性能に大きく影響する。

 日本製モーターを特許情報とリバースエンジニアリングを元に真似て作った韓国製モーターは品質が著しく劣っていた。原因は、特許には記載されていなかったが、製造現場が回転軸に傷のような溝を刻み、オイルの潤滑を良くし回転軸の温度上昇を抑えていたためであった。

 日本の製造現場はノウハウを特許に落とし込みたがらないため、こういうことが良く起きる。中国や韓国が、日本の製造現場の技術者を高給でヘッドハンティングするのは、隠れた製造ノウハウを入手するためだ。

 香りそのものは、商標にはなっても特許にならない場合であっても、その香りの疲労回復効果や香りの製造方法は特許となるかも知れない。各国において特許として保護される要件が異なるため、その他の知的財産権とどのように組み合わせて全体として知的財産を守るかを考える必要がある。

 


 

profile_photo  阿達雅志(あだち・まさし)
1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。 ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中。