近年の中国経済の驚異的な発展の一方で、中国における知的財産権の侵害が大きな問題となっている。中国は2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟に際して、知的財産保護に関するTRIPS協定に同意しており、知的財産権保護のための国内法整備を進めてきた。

 しかし、実際には先進国製品やソフトウェアの海賊版や模倣品が横行している。中国国内で特許権侵害訴訟を起こしても、なかなか実効性が上がらないという声も聞かれる。その結果、中国でビジネスをやると最先端の技術を取られかねないという認識が広まっている。知的財産保護のための法律整備は進んできたが執行は伴っていないところに問題がある。

 また、特許出願件数は世界一になったが、出願特許の質はあまり高くなく、特許審査の能力もなかなか向上していない。そのため、外国企業の確立した特許技術と中国企業の不確定な特許技術が混在している。国レベルで知的財産権制度整備の取組みは積極的に行われているものの、知的財産権や特許権という考えが社会やビジネスに定着するにはまだまだ時間がかかる。

  上海や北京の街角ではiPhoneに外見はそっくりのスマートフォンが数千円程度で売られており、値段からしてどう考えても本物とは思えない代物が、街中を走るタクシー運転手にまで広まっている。

 中国のインターネット・ショッピング・サイトを見ると、日本の百貨店やアパレル・メーカーを装った製品が膨大な数掲載されている。金額やデザインから見ても本物とは考えられない。

 サイト側もクレームを受けると、掲載を取り下げるが、しばらくするとまた掲載される。中には外国企業の委託を受けて製品を製造する中国の工場で、同じデザイン、材料を使って正規操業時間後に製造し、横流しで市場に流すといったことも行われるため、正規品と全く区別のつかない違法品が流通していたりする。

 そのため、日本メーカーの中には、製品タグだけは日本で別に取り付けるといった手間をかけているところもある。商標については、iPhoneに対抗して「aPhone」から「zPhone」までの商標が、既にアップルと全く関係のない中国企業によって登録されている。外国企業の下請け中国企業が委託企業のブランドを勝手に商標登録をして、権利の高額での買取りを求めるといったことも起きている。

にせもののディズニー・キャラクターのテーマ・パークも存在する。中国人には、物を取るのは悪いという規範はあっても、物を真似て作るのが同じくらい悪いという規範が地方にまでは浸透しきっていない。ともかく、中国ビジネスでは知的財産を巡って考えられないようなトラブルが頻発する。

  洗練されたビッグ・ビジネスでも状況は変わらない。中国企業と合弁企業を作った外国企業の技術や製造ノウハウが中国企業側に無断で使われるといったことも起きている。

 三菱自動車のように、知的財産の開示を求められることを嫌って、中国市場への参入をあまり積極的に進めない企業もある。トヨタも、ハイブリッドのコア技術を中国で展開するまでには長い時間をかけた。

 WTO加盟時の米中合意では、中国政府は技術情報の開示を市場参入、合弁設立許可の条件にしない、こととされていたが、実際には国営企業などを通じて、この合意は骨抜きにされている。

 中国側にすれば最先端の技術でなければ買う意味がない。通常、経済発展の過程では、外国からライセンスを受けて技術を導入するが、ライセンス料は国外への外貨流出になる。

 市場規模が大きいので、普通にライセンス料を払っていると、膨大な外貨支払が生じてしまう。そのため、出来る限り知的財産の権利の範囲を制限しようとする。外国からライセンスを受けた知的財産権を軽視しがちになる。

 中国新幹線の建設では、日本やヨーロッパの技術が導入されたが、中国は自前の技術で世界最速の新幹線を実現した、数々の特許を取得したと主張している。外国企業側も、中国という巨大な市場を手に入れるためには、知的財産を多少引き渡しても仕方が無い、同等の製品ができるまでにはどうせ時間がかかる、と譲歩しがちである。

 こうした、中国における知的財産権の現状を鑑みると、中国市場への参入方法は、日本企業の長期的経営にとっても重要である。本当に、中国市場に最先端技術を用いた製品を輸出したり、ライセンスを行うのが良いのか、目の前の市場を得るために長期的に巨大な競争相手を作ってしまってよいのか、を考える必要がある。

 


 

profile_photo  阿達雅志(あだち・まさし)
1959年、京都市生まれ。東京大学法学部卒業。 ニューヨーク大学ロー・スクール修士(MCJ、LLM )。同大Journal of international Law and Politics編集委員。総合商社勤務(東京、ニューヨーク、北京)、衆議院議員秘書を経て、法科大学院講師、外資系法律事務所勤務。東京大学大学院情報学環 特任研究員。参議院議員、ニューヨーク州弁護士。国内外のシンクタンクの国際関係、経済情勢調査研究プロジェクトに参加。雑誌等への寄稿の他、テレビでコメンテーターとしても活躍中